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気仙沼地域エネルギー開発株式会社

山の手入れで街が豊かになる、地域循環型のエネルギー

気仙沼地域エネルギー開発株式会社

リアス式海岸をはじめ、海が有名な気仙沼ですが、実は土地の7割は山で構成されています。豊かな森林を活用し、再生可能なエネルギーをつくる。そんな街づくりを行うため、気仙沼商会の代表であった高橋正樹さんが、2012年に新たに立ち上げた会社が気仙沼地域エネルギー開発株式会社です。日本では珍しい木質バイオマスプラントを稼働させるなど、新しい取り組みを進めています。

エネルギー供給が止まった日

東日本大震災の翌日。気仙沼に早朝から活動する一軒のガソリンスタンドがありました。

営業時間は日の出から日没まで。電気が通っていないので、看板の灯りは消えたままです。それにも関わらず、店の前にはあっという間に長蛇の列ができました。並んでいるのは、避難した住民の方々。車で移動するためではありません。車のなかで暖をとるためにガソリンが必要だったのです。

当時の様子を、高橋さんはこう振り返ります。
「混乱のなか、社員たちと学校の校庭に避難しました。雪も降ってきましてね、寒かったですよ。石油製品の販売やガソリンスタンドの経営をしている僕らがまず思ったのは、『給油しなければ』ということでした。僕より先に、社員が言ったんです。『社長、阪神・淡路(大震災)のときも冬だった。みんな車で暖をとるんです。給油しないと』って。それで翌朝から動き出した。大した人たちだな、と思いましたね」

高橋正樹さんは現在、気仙沼地域エネルギー開発株式会社で代表を務めています。もともと気仙沼商会の社長であった高橋さん。新たに会社を立ち上げた背景には、石油関係の仕事をしていたからこそ痛感した、街の課題がありました。

気仙沼地域エネルギー開発株式会社 代表取締役社長の高橋正樹さん。気仙沼商会の社長と兼任している

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行列をつくったのは燃料不足ではなく“不安”だった

震災の翌朝から動き出し、ガソリンスタンドを復旧させて2日。
高橋さんはあることに気がつきました。

「毎日同じ人が来るんですよ。給油する量を普通乗用車は1回あたり10リットルに設定していたんですが、そうすると満タンになるまで皆さん並び続けるんですね」

そこで、高橋さんは思い切って3日目から「並んだ人たちは全員満タンにする」という決断を下します。するとどうでしょう。4日目からぴたりと行列がなくなったのです。
「『いつでも給油できる』と思うと、人は並ばないんですね。要は、皆さん不安だったんです。このときの体験から、人が安心して暮らすためにも、地域で自給自足できるエネルギーが必要だと痛感しました」

震災から3カ月が経った2011年6月。気仙沼市長は震災復興市民委員会を発足させました。復興に向けたプランには、地域で再生可能なエネルギーをつくることも盛り込まれていました。震災でエネルギー供給がすべてストップした状態を経験した気仙沼は、エネルギーだけでなく、暮らし全体を少しでも自給自足で回せる街にしようと舵をきったのです。

委員会の座長となった高橋さんは、ここから本格的に街の復興計画に携わることになります。

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山の整備がエネルギーとお金も生み出す

気仙沼は、リアス式海岸のイメージから海の街だと思われるかもしれませんが、実は地域のおよそ7割が山でできています。この豊かな山々をエネルギー源として活用できないかと考え、ある市の職員が地元の林業関係者に話をして回りました。しかし、「成功した話を聞いたことがない」と一様に断られてしまいます。ついには、「復興計画を立てた本人でありエネルギー事業者である高橋さんがやるしかない」と懇願され、石油エネルギー事業とは別に起業することになったのです。

「僕はスローフード気仙沼(※)の副理事長もやっていたので、気仙沼は持続発展可能な都市として再生エネルギーの創出は必要だ、とは感じていました。だけど、本業は石油業者でしょう。石油ももちろん重要だけど、スローの根幹となる、持続可能な社会の仕組みに大切な再生可能エネルギーには直接関わってこなかったわけです。『いよいよ本当のスローフードメンバーになるときが来たか』と思って、この課題に取り組むことを決めました」

森林を再生エネルギーとして活用すると、山も海も、そして街も豊かになるといいます。

仕組みとしては、まず気仙沼の山々を手入れし、森を整備します。このときに出る間伐材を使って発電し、つくった電気は固定価格で電力会社に買い取ってもらいます。「山が整備されることで養分が海に回り、お金も回り、エネルギーも回る。いいことばかりですよ」と高橋さん。気仙沼地域エネルギー開発が描いたのは、山を持っている個人林業者に「間伐材を出せるかもしれない」という意思表示として『搬出者』として登録してもらい、搬出された間伐材を市場価格の約2倍で買い取って発電の燃料とする構図です。それを実現するために、大きく2つの課題と向き合ってきました。

※スローフード気仙沼:「スローフード都市」を宣言する気仙沼市のまちづくり団体。気仙沼の「食」に関わる取り組みを中心に、地域を元気にする活動を展開している。

山から間伐材を運び出す様子。初回の買い取りでは、40人もの住民から搬出があったという

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気仙沼からドイツへ!

1つ目の課題は、個人の林業者を育成すること。市内には山を持っている人が大勢いましたが、その大半は世代が変わり、間伐の技術がなく、手付かずになっている山々も少なくありませんでした。高橋さんは個人の林業者として成功している方を気仙沼に招待し、山や森について考えるフォーラムを開催。当初の予想を超え、100人近い方が参加しました。その後、山主の声を参考に、技術を教える講習会や研修を行い、間伐のノウハウを広めています。

山の手入れに見合った金額を支払うという点も考慮しています。間伐材の買取価格は、1トン6千円。市場価格の2倍です。このうち3千円は、地元地域内でしか使用できない地域通貨の「Reneria(リネリア)」で支払われます。地域にお金が回ることで、街の活性化にもつながっています。

地域通貨の「Reneria(リネリア)」。再生の「Re」、エネルギーの「ene」、リアス式の「ria」から命名された

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2つ目の課題は、間伐材から電気をつくるための木質バイオマスプラントを稼働させること。
「日本で成功しているのは木材を燃やした熱でタービンを回す方法なんですが、これは大規模発電なんですね。気仙沼にある森林の面積から計算すると、山を丸刈りにしたり、よそから間伐材を取り寄せることになる。それでは“地産地消”“再生可能”とは言えません。気仙沼に合った規模でやるには、木をガスに変えてエンジンを回す手法が向いていました。ただ、前例がなかったんです」

太陽光や風力と違い、木質バイオマスによるガス化小規模発電は国内に実績がありませんでした。調査の末、高橋さんたちが赴いたのは……なんとドイツ! 言葉や文化の違いに戸惑いながらも、ドイツの技術者たちの協力を得て、2014年に発電プラントを建設することができました。

前例のない取り組みをここまで進めてこられた理由は何だったのでしょう?
「一番は震災での経験でしょうね。再生エネルギーの必要性をみんなが肌で感じた。また全国から本当に多くのご支援を頂き、被災地からわずかでもそのお返しが発信できたら…そんな思いが一人ひとりにあったからこそ、こうして同じ方向に進めたのだと思います」

2014年の買取数量は5400トン。『搬出者』登録数は140人にまで増えたといいます。
地元企業と住民が一体となって取り組む気仙沼の街づくりから、ますます目が離せません。

ドイツの発電プラント製造現場にて。翌年、気仙沼に発電プラントが竣工した

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気仙沼地域エネルギー開発株式会社

気仙沼地域エネルギー開発株式会社

〒988-0017 宮城県気仙沼市南町1-2-6

URL:http://chiiki-energy.co.jp

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