未来へ進むとうほくリポート

かみの家

漁師体験や海の幸で、月浜地区ににぎわいを

かみの家

民宿かみの家、お休み処かみの家オーナー
えんずのわり保存会会長
小野勝見さん

日本三景の「松島」の先にある“奥松島”と呼ばれるエリアで、月浜海岸に隣接する民宿「かみの家」、海の家「お休み処かみの家」をご家族で経営しています。また月浜地区に伝わる無形重要文化財「えんずのわり」保存会の会長も務めています。
地域の活性化のための奥松島産業振興協議会会長を務め産業振興に尽力しています。

新鮮な海の幸、漁業体験を楽しめる民宿

松島湾の入り口に浮かぶ宮戸島と、太平洋を望む野蒜(のびる)海岸一帯の“奥松島”は、日本三景の「松島」の先にある豊かな自然に恵まれたエリアです。海苔や牡蠣の養殖をはじめとする漁業や農業、夏は海水浴場として発展してきました。

月浜海岸にある「かみの家(いえ)」は、高度成長期に開業して以来、海水浴に来る家族連れや釣り客にも親しまれている民宿です。人気の秘密は、新鮮な海の幸や自家製の海苔の佃煮、自家栽培米の「ひとめぼれ」などが並ぶ夕食。追加で注文できるアワビや、殻付きウニも好評です。お客様からは「食べきれないほどのボリューム!」「コストパフォーマンスが高い」と驚きの声が上がるほど。ご主人の小野勝見さんは「来てくれたお客さんにはおいしいものを食べて、満足して帰ってもらいたい」と笑顔を浮かべます。

海水浴のほか、「かご漁」や「操船体験」といった漁業体験を楽しめるのも月島海岸の特長です。「かご漁」は、もともとカニを捕獲するための漁。前日に仕掛けておくと、日によって違う獲物がかかります。魚やカニ、ときにはヒトデなど何が穫れるかわからない楽しみもあり、カゴを引き上げる船上では子どもから大人まで歓声が上がります。

また、近隣には日本三大渓「嵯峨渓」や、松島四大観の一つに挙げられる「大高森」といった観光スポットも。名岩・奇岩の連なる嵯峨渓は、遊覧船で巡ることができます。海上を飛び交うウミネコへの餌付けも得難い体験です。小高い丘の大高森に登ると、松島湾に浮かぶ260余りの島々を一望でき、その眺望は「壮観」として知られています。

新鮮で豪快な夕食は、かみの家の醍醐味。これを目当てに首都圏から来るお客さんも。

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かご漁の漁業体験では、漁師にとってはハズレのヒトデでも、初めて見る子どもたちからは歓声が上がります。

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共に震災を乗り越えた地域コミュニティーが月浜再生への力に

ここ月浜地区も東日本大震災では津波による被害が大きかった地区。海岸近くにあった小野さんの自宅と倉庫は流されてしまいました。高台に建つ民宿「かみの家」だけは津波を免れたものの、建物の一部に亀裂が入り浄化槽の修理も必要で、しばらくは休業せざるを得ない状態に。近隣で徐々に修復工事が始まってからも人手が足りず、ようやく工事が完了した2011年11月に営業を再開させました。

小野さんは「1軒でも残ったのはいいほう」と前向きにとらえるようにしていました。「冷凍庫に食料の蓄えがあったし、近所に酒屋さんもあった。なんもすることがないから、冷凍庫の中で溶けたものから順番に食べながら、酒を飲みながら生活をしていて……。みんなで飲みながら話していると、一瞬でも現実を忘れられた。その中で最終的には“ここでやろう!”と、すんなり決まりました」

震災以前から消防団や漁業組合、観光組合など地域の集まりは多かったこともあり、近隣の方々とのコミュニティーは、月浜地区再生に向けての大きな力となりました。

震災後は海況にも大きな影響がありました。以前は大漁だったアサリやシャコが穫れなくなったのです。「震災前は、松島の内湾に海草のアマモがびっしりと生えていて小魚の隠れ家になっていたが、震災で少なくなってしまったのが原因。アマモが戻ってくれば、昔の状態を再生できると思うんだけど」。数少ない利点は、ガザミと呼ばれるワタリガニの一種が穫れるようになったこと。「以前はそれほど穫れなかったが、今はけっこう穫れるようになって、商売になっています」。

震災直後、地域コミュニティーでは、食料や酒などを分かち合って過ごしました。美しい月浜地区の再生への力。

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地区で伝承される「えんずのわり」も守っていきたい

月浜地区には、重要無形文化財に指定された「えんずのわり」という害鳥駆除を願う行事が伝承されています。中心となるのは、この地区に暮らす男子小中学生。毎年、小正月の4日間、岩屋で共同生活を送り、4日目の夜に各家の玄関や縁側で松の棒で地面を突きながら害鳥を追い払うまじないを唱え、その年の無病息災や豊作を願うものです。

「えんずのわり」保存会の会長を務める小野さんも、月浜地区で生まれ育ったひとり。「昔は上下関係が厳しく、いちばんの年長者である大将の言うことは絶対だった。冷たい水を使って食事や風呂の準備をしたり大変なこともあったが、夜にみんなでもちを食べたり、肝試しをしたのは楽しい思い出。何より、最後にご祝儀をもらえるのがうれしかった」と懐かしそうに話します。

震災以降、参加する少年たちが寝泊まりする場所は集会所に移しましたが、現在も受け継がれる大切な行事です。しかし、少子化の問題に重ね、震災で津波の被害を受けた月浜地区では子どもがいる家庭の多くが移住してしまいました。そのため、今年は小学1年生から中学3年生までの3人のみの参加となってしまったのです。

小野さんは、「この地区で200年ほど続いてきた行事だし、国の重要無形文化財にも指定されたので継承していきたいが、それぞれの家庭の意向も考えると強制はできない。残すためにはどうするのか、見直す時期に来ているのかもしれない」と語ります。月浜地区だけでなく、大切な日本の文化を守るために、何ができるのかを考える日々が続いています。

「えんずのわり」に参加する少年たちは、行事の期間中の昼間は学校に通い、夕方から朝までは、保護者のサポートを受けながら共同生活を送ります。

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美しい月浜海岸をもっと多くの人に知ってもらう挑戦は続く

月浜海岸は、震災後に再開した数少ない海水浴場です。2016年は約3万7000人の観光客が訪れました。震災以前は多くても毎年3万人程度だったので増加しているのです。その背景には、隣の野蒜海岸が現在も防潮堤建設の工事中であることや、海岸近くの住人が内陸へ移住し海水浴場として再開する人がいないといったことがあります。

現在、月浜海岸近くのエリアは国の方針で漁業用の倉庫が建つほか、観光用としての利用も進み始めています。小野さんも市から借りている土地に復興の補助金などを利用して、2016年に温水シャワーを備えた海の家「お休み処かみの家」をオープンしました。

「月浜海岸は昔から波が穏やかで、家族連れで安心して遊べると評判がいい。海に入った人は温水のシャワーが使いたいだろうし、海水浴に来た人に海以外も楽しんで帰ってほしいので、海鮮バーベキューを楽しんでもらえるようにコンロも用意しました」。お客さんは首都圏からの観光客がいちばん多く、月浜ならではの新鮮なカニや牡蠣が喜ばれています。

震災後、「工事関係者を受け入れると空き部屋も楽に埋められるが、工事が終わった後にお客さんに来てもらえなくなる」と将来への不安を危惧して、一時は体調を崩しながらも、観光客を呼び寄せる新しい試みを取り入れ続けてきた小野さん。民宿で提供する自家製の海苔の佃煮を瓶詰にして販売したり、「パン食の人にももっと海苔を食べてほしい」との想いから、試行錯誤して海苔のジャムを考案するなど挑戦を続けています。これらは近くの食料品店でも販売され、珍しさから好評を博しています。お客さんを喜ばせたいというサービス精神と、商売への探求心は絶えることがありません。

「あとは地道にやっていくだけ。商売は飽きない(=商い)ですから」とダジャレを交えて穏やかに語る笑顔の中に、強さとたくましさが見受けられました。

自家製の海苔の佃煮と、「開発に時間がかかった」という海苔のジャム。

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かみの家

かみの家

住所:宮城県東松島市宮戸字月浜16-1

URL:http://okumatsushima.wixsite.com/kaminoie
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