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伝承の製造レシピと顧客台帳から始まる、新しい醤油屋の形

ヤマニ醤油株式会社

ヤマニ醤油株式会社

明治元年に現在の陸前高田市で創業、150 年の歴史を持つ老舗の醤油屋です。創業当時から「御用聞き」を大切にしており、商品をお客様の自宅まで届けるスタイルを貫いてきました。地元の家庭の味を支えてきたその醤油とつゆは口コミで広がり、ファンは全国各地に。震災後は会社の仕組みを大きく変え、提携先2社とお客様の声に耳を傾けながら知財管理と広報活動、マーケティングに力を入れています。

強みは「御用聞き」

「ヤマニさん」 —— 創業明治元年の老舗・ヤマニ醤油は、親しみを込めてそう呼ばれています。お客様との距離が近く、長年愛されてきた秘密は「御用聞き」。醤油を持って家庭を回り、世間話をしながら、時にはお茶や食事をごちそうになりながら、地域の人たちとの親和性を築いてきました。片道 2 時間以上かけて醤油を持って行くことも当たり前といいます。
1982 年、ヤマニ醤油は他社に先駆けて「つゆ」を発売しました。そのきっかけも御用聞きだったのです。

※下記写真:朝日小学生新聞2012年12月13日付3面「朝小記者の取材手帳から2012被災地のしょうゆ屋さん」より出典

ヤマニ醤油が大切にしている御用聞き。お客様が待っている限り雨の日も雪の日も家庭を回ります。

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醤油を守るために、醤油は売らない

代表取締役社長を務める新沼茂幸さんは、ヤマニ醤油の4代目です。入社して2年目の1982年から、「つゆ」に調味料としての可能性を感じて開発に取り組んできました。
「私たちは『御用聞き』として、お客様のお宅で日々談笑を交わしてきました。家族の一員のように接してくださる方も少なくありません。そのため、ささいな変化にも気付きやすいのです。あのころは、年々主婦の方の忙しさが増していることを感じていました。そこで、汎用性が高く便利な 『つゆ』に潜在的なニーズがあるのではないかと考えたのです」

核家族化が進み、醤油の売れ行きが伸び悩んでいる時代でもありました。一昔前は一升瓶の醤油を 10 本単位で納品していたものが、家族が少なくなったことで、購入単位が年々縮小気味に。そこで新沼さんは、「醤油屋を守るために、つゆ屋になろう」と決意しました。
しかし、当時は「つゆ」を使う習慣など全くありません。試作販売を始めたものの1年目の売り上げはわずか 2 万円、翌年は4万円。売上の減少を埋められません。しかし、新沼さんは「つゆに会社の未来がかかっている」とあきらめませんでした。お客様ひとりひとりに味見をしてもらい、その意見を聞いて味の調整を繰り返し、ようやく納得のいく味わいのものができあがったときには開発を始めてから2年が経っていました。
その後「ヤマニほんつゆ」は口コミで評判が広がり、1992年には醤油の売上を超える看板商品となりました。

ヤマニ醤油の定番商品である「ヤマニほんつゆ」「白だし」、震災後に発売の「しょうゆ天使」。しょうゆ天使のラベルは故・やなせたかし氏が無償で描いてくれたものです。

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がれきの中から見つかった製造レシピと顧客台帳

東日本大震災は、ヤマニ醤油の創業地である岩手県陸前高田市に大きな被害を与えました。陸前高田市を襲った津波はヤマニ醤油の工場や蔵にも押し寄せましたが、新沼さんは間一髪難を逃れることができました。震災の翌々朝、朝日が昇るころに、新沼さんは会社へ向かいました。まだがれきの山で、いつまた津波が来てもおかしくありません。それでも、行かずにはいられませんでした。

「ご先祖様から引き継いできた大切な醤油屋です。製造レシピを見つけたい、その一心でした」

工場や蔵はもろに津波の被害を受けていました。がれきに覆われてしまった事務所跡に入ってみると、なんとそこで製造レシピと顧客台帳を奇跡的に発見。水浸しになっていましたが、何日もかけて1 ページずつ根気よく乾かしました。代々受け継がれてきた製造レシピとヤマニを愛してくださったお客様の台帳。「これさえあれば、また立ち上がることができる」と新沼さんに勇気が湧いてきました。

そして新沼さんはもう一つ、大きな決断をしていました。製造と販売を信頼できる会社に委託することにして会社の仕組みを大きく変えることにしたのです。

「これまでのままの形で再建するには、途方もない時間やお金がかかると思いました。待ってくださるお客様のために、もっと早く復活させる方法がないかと考えに考え、新しい組織体としてやっていこうと決めました」

新沼さんは同じ岩手県内の同業者である佐々長醸造と製造及び販売を許諾するライセンス契約を締結し、御用聞き部門は佐々長醸造の代理店としてヤマニ醤油の元従業員が起業し運営していくことになりました。
新沼さん自身はヤマニ醤油が代々積み重ねてきたノウハウを中心とする知財権を所有しながら知財管理と広報活動、マーケティングに注力する役割を担いました。このように3つの会社が役割分担をしながらヤマニの味を繋いでいくことにしたのです。

提携先2社に製造と販売をライセンスすることで、結果的にお客様へ早く商品を届けることができました

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家族の味をこれからも守っていく

ヤマニ醤油の再開は2011年11月21日でした。待ちに待ったお客様から注文が殺到し、1日1,000本もの勢いで売れたといいます。ただ、製造レシピがあるとはいえ、製造現場が変わったため、お客様から合格点をもらえるまでは6年かかりました。今、ようやく自信を持ってお届けできる味になってきたそうです。

「震災後、『醤油はやっぱりヤマニさんじゃないと』『ほかの醤油は使えない』と言ってくださる方がたくさんいらっしゃったと聞きました。平時も有事も変わらず求められるというは、本当にありがたいことです。それは、家庭に深く根付いた家族の味、“安らぎの味”だからだと思うのです。私たちは家族だんらんの味を求める、そのお客様の声に応えていくことが使命だと思っています」

御用聞きを通じてお客様の声に耳を傾けることは、これからも変わりません。しかし、そのほかの部分は変化を厭いません。ヤマニ醤油の新しい取り組みは、まだ始まったばかりです。

代表取締役社長の新沼茂幸さん。震災後は新しい持続可能な醤油屋の形を模索してきました。

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ヤマニ醤油株式会社

ヤマニ醤油株式会社

岩手県陸前高田市高田町字洞の沢43(創業地)

URL:http://yamani-iwate.jp/

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