未来へ進むとうほくリポート

黒川復興プロジェクト

村の機能を失った黒川地区に生活を取り戻そう。地域とボランティアをつなぐコーディネーター

黒川復興プロジェクト

2017年8月8日、九州北部豪雨の被害を受けた黒川地区の復興と発展に寄与するべく、黒川在住だったメンバー3人で設立。災害発生の翌月から自分たちでボランティア活動を始めたほか、地元のニーズを聞き、県内外のボランティアとのマッチングを図ってきました。現在は私設のボランティアセンターも運営しています。
(写真:代表の柏田智さん(左)、活動を共にしている集落支援員の師岡知弘さん)

土砂災害の被害とは

「村の半分が河原になってしまった」

2017年7月に発生した九州北部豪雨での被害を、地元の人はそう表現します。福岡県朝倉市の黒川地区は、1時間に80ミリという豪雨が9時間も続き、甚大な土砂災害に見舞われた地域。山の傾斜で勢いを増した土砂が川や道路を伝って流れ込み、村を押しつぶしたのです。その傷痕は、1年経った現在も残ったままです。

市街地から車で数十分。川が流れ、木々が生い茂る道に思わず窓を開けると、気持ちのいい風が車内に吹きこみます。時折、道路脇の一部がまるごと平地になっていたり、山の斜面にビニールシートがかぶさっていたりする場所を目にすると、この地域が被災したことを痛感します。

道の両側に民家が連なっていましたが、向かって右側は土砂で押し流されてしまいました。「まるで河原のよう。こんなに見晴らしのいい場所ではなかった」と地元の人は言います

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潰れてしまった家屋が今でも地区のあちこちに点在しています。

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朝倉市のことをもっと知ってほしい

災害の発生から1年。復興の歩みと現在の課題を知るために、今年3月に九州北部豪雨チャリティーコンサートを開催した九州出身のシンガーソングライター・松谷さやかさんと黒川地区を訪ねました。

松谷さんはチャリティーコンサートの実施が決まってから、楽曲制作のため被災地に足を運び、その状況に衝撃を受けたといいます。復興に向けて「希望」を歌おうと思っても、何と言葉を紡いでいいかわからない。わかりやすい希望などなく、一歩一歩進むしかない。その現状を受け入れ、チャリティーCDの楽曲を形にするまで、通常よりも長い時間を費やしたそうです。

「朝倉の現状を、もっと多くの人に知ってもらいたい」

そんな思いで門戸を叩いたのは、黒川地区でボランティア活動を続ける「黒川復興プロジェクト」の事務所です。

シンガーソングライターの松谷さやかさん。2018年3月21日に福岡市でチャリティーコンサートを開催。朝倉市への災害義援金の募集、地元の食材などが購入できる応援物産展も行いました。

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電気と水道が復旧していない事務所で

黒川復興プロジェクトは、豪雨災害の後、変わり果てた黒川の様子に「自分たちでできることをしよう」と立ち上がった地元住民によるプロジェクトチームです。ボランティアセンターから派遣された人たちに、いま地域で人手が必要な場所はどこか、どんな作業なら安全に行えるかなどを考え、人数や作業内容の割り振りを行ってきました。

現在は、元農協の建物の二階部分を事務所として使用しています。なぜ二階部分なのかというと、一階は土砂で埋まってしまい、電気も水道も復旧していないからです。

建物の一階部分。土砂のかき出しは終わりましたが、事務所としては使えないので片付けたままになっています。

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土砂の跡がくっきりと。大人の身長で、腰から胸ほどの高さまで土砂が押し寄せました。

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被災地に足りないのは「コーディネーター」

代表の柏田智さんは、実は朝倉ではなく北九州市の出身。山仕事をするため8年ほど前に朝倉に移住し、その後、より山に近い地域である黒川地区に引っ越しました。

「黒川復興プロジェクトは、災害が発生して1カ月後くらいから動き始めました。最初は自分たちでできるところから。徐々にボランティアを募れるようになったので、田畑や家屋の土砂出しを行い、今はそれも落ち着いてきたところです。これからの時期は、草刈りですかね」

被災地の方々にとって、ボランティアの力はとても大きいといいます。一方で、ボランティア活動を機能させるには、ボランティアに来た人と地域をつなぐ存在が必要です。柏田さんたちは、まさにそのコーディネーター役を買って出たのでした。

「地域の人たちの『してほしいこと』と『じゃあやりましょう』という人をつなぐ人がおらんけえ、間に立ってコーディネートしないと、ボランティアの人たちも来るに来れない。マッチングだけじゃなく、事前の準備も必要ですしね。草刈機を使うなら安全管理もしないといけないですし」

どこまでボランティアの人たちに応援してもらうのか。その領域については、住民のみなさんの中でも意見が別れるところだそう。例えば、黒川地区で有名な農作物のひとつが梨。梨農家では、デリケートな梨の実を守るために、一個一個「袋かけ」という作業を行います。大人が丸1日作業して、一人で1000個もかけられないというこの袋かけ。それを、農家さんによっては4万個から6万個ほどしなければなりません。土砂災害によって通れない道があったり、自宅が被災して農園まで遠くなってしまったりと、手間が増えたせいで人手が足りない。でも、「自分たちの生活支援までお願いしていいのか」と遠慮と迷いがあるのだそうです。

黒川復興プロジェクト 代表の柏田智さん。「気付いた人がやっていかないと」と、災害後に仲間とプロジェクトを立ち上げました。九州北部豪雨でご自身も被災。自宅は大規模半壊の認定を受けました。

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被害を受けず、無事に残った梨の木も数多くあります。こちらの梨園ではすでに袋かけがされていました。

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ボランティアを受け入れたことで起こった変化

ボランティアに対する意識は、この1年で大きく変わったそうです。「感謝の気持ちが育まれた」と話すのは、黒川復興プロジェクトの活動を共にしている師岡知弘さん。

「黒川の人たちは農家さんをはじめ個人経営者ばかりだから、人に頼ることに慣れてなかったんですよ。でもね、ボランティアの人たちにたくさん助けられたことで、ボランティアさんへの感謝の言葉を多く聞きます。今まで自分たちの地域や生活のことで精一杯だったのが、『これだけの人が自分たちのために動いてくれるのか』、『それに対して、自分には何ができるだろう?』と世界観が広がっているのを感じます。今後別の地域で何か災害が起きたとき、現地に行けるかどうかは別として、自分にできることを考える人が増えたと思いますよ」

集落支援員の師岡知弘さん。地域の活性化と集落機能の維持のため、黒川復興プロジェクトと活動を共にしています。

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黒川地区のコミュニティを取り戻すために

黒川地区はいま、区画整理に向けて地域住民の意向調査をしている段階です。土砂災害のすさまじい被害を目の当たりにしながらも、柏田さんや師岡さんが見据えているのは復旧後の生活のことでした。黒川地区に人々の生活を取り戻す。そのために、村づくりをもう一度ゼロから始めようと考えています。

国土の6割が山で、台風や地震が多い日本では、黒川地区のような山間部の集落が地形や気候を生かして豊かに暮らしていくことは大きな希望です。

「(黒川には)木もある、水もある」と師岡さん。
この言葉の先にあるものは、きっと「人」なのでしょう。

村から市街地に通じる道が、土砂崩れで全面通行止めに。農作物などを市街地へ配送したくても、大きく迂回するしかありません。土砂災害の被害の大きさに取材メンバーも思わず声を失いました。

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黒川復興プロジェクト

黒川復興プロジェクト

〒 838-0072 福岡県朝倉市黒川1537-1 JA筑前あさくら高木支店跡

※取材に同行頂いたシンガーソングライターの松谷さやかさんの九州北部豪雨チャリティーコンサートは以下のページをご覧ください。
「九州北部豪雨チャリティコンサート Pay Forward supported by NTTドコモ」

URL:https://www.facebook.com/kurogawafukko/
URL:https://www.sayaka-web.com/news/1245.html

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