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有限会社磐山荘瀇太屋

老舗温泉宿の挑戦。小野町のため、福島のために何ができるのか−−−−

有限会社磐山荘瀇太屋

福島県田村郡小野町にある、大正14年創業の老舗温泉宿です。現在は宿としての営業は休止していますが、福島の現状や小野町の魅力を知るスタディツアーの開催などを行っています。代表の二瓶晃一さんは小野町観光協会の会長でもあり、町の魅力を一人でも多くの人へ発信したいと、さまざまな企画を考案中です。スタディツアーの開催やゲストハウスとしての運営など、瀇太屋を県内外の人の交流拠点とするための取り組みを模索しています。

写真:磐山荘 瀇太屋の代表であり、小野町観光協会の会長でもある二瓶晃一さん。

長く小野町に根付く温泉宿

歌人・小野小町の生誕の地だという伝説を持ち、「リカちゃんキャッスル」などの観光地を有する小野町。鍾乳洞「あぶくま洞」や、美しい滝のある「夏井川渓谷」にもほど近い、自然豊かな町です。

この町で大正14年に創業した温泉宿「磐山荘 瀇太屋」は、家族連れや、トレッキングを目的にする一人旅の方、さらには海外からの観光客まで、さまざまな人に愛されてきた老舗の宿です。代表の二瓶晃一さんは、小野町の観光協会会長も務めています。

「宿を経営する醍醐味は、なんといってもお客様との触れ合いですね。住んでいる私にとっては当たり前の風景も、県外から訪れる方には新鮮に映ります。海外の方ならさらに大きな違いを感じるでしょう。皆さんの目に小野町がどんなふうに見えているのかを聞くのは、本当に面白いのです。宿をずっと続けてくることができたのは、ひとえにお客様のおかげですね」

しかし、宿は東日本大震災を機に営業を休止することになります。

「小野小町生誕の地」という伝説を持つ小野町に、90年以上も前からある歴史ある宿。多くの人に愛されてきました。

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住民の数だけ、震災の形があった

2011年3月、経験したことのない大きな揺れ。その後に雪がちらついていた光景は、「この世の終わりのように見えました」と二瓶さん。瀇太屋の建物は地震にも耐えてくれましたが、問題は原発事故後の風評被害でした。

小野町から福島第二原子力発電所までの距離は40km弱。二瓶さんは、それまで「原発の近くに暮らしている」と意識したことがありませんでした。行政からの避難指示は出ませんでしたが、町の住民の半数近くは自主避難をしたそうです。ただ、より原発に近い地域からの避難者を受け入れることにもなり、宿の毛布を貸し出すなど、二瓶さんは震災直後から慌ただしい日々を過ごしていました。

「地震、津波、そして原発と福島県にとっての震災被害は本当にさまざまでした。人の数だけ、震災の形があったのだと思います。それまでは自分の住んでいる町や地域だけに目を向けがちでしたが、改めて『福島』というアイデンティティを考え直すことになりました」

宿へはキャンセルの連絡が相次いでいました。数カ月様子を見たところで、二瓶さんは宿の休止を決めます。

6つある客室には、それぞれ異なる原木が飾られています。

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「知りたい」人へ伝えたい

宿を休止にした後、二瓶さんは復興支援員として地元企業の支援を行ってきました。仕事の中で県内外の多くの人と出会い、「もう一度、何らかの形で宿を再開できないか」という思いを抱くようになったそうです。

そこではじめの一歩として開催したのが、福島の現状を見てもらう「スタディツアー」。東京からバスツアーで訪れた皆さんを案内し、小野町を観てもらい、桜の植樹も行いました。どれだけ報道されていても、実際に訪れなければわからないことはたくさんあります。それを少しずつ伝えていきたいと考えたのです。

小野町の観光協会には、30年も前から「顔の見える観光」というコンセプトがありました。観光客と地元の人が交流できる場を作り、「小野町にはあの人がいるね」というふうに思い出してもらえる町にしよう、というものです。知っている人がいる場所へは何度も足を運んでくれるのではないか…。そんな想いから生まれた考えでした。

「根っこにあるその考えは今も変わりません。しかし、これからはさらに一歩踏み込んで、町のことと福島のことをもっと深く『知りたい』と望んでいる人とつながるための取り組みを行っていきたいのです。そうした方々へ、地元の人のリアルな声を伝える場を作るつもりです」と二瓶さんは語ります。

バスツアーで小野町を訪れた方々に植樹してもらった桜の木です。1年目からきれいな花が咲きました。

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どんな形でも、地域の手助けができればいい

現在、瀇太屋はリフォームを構想しているところです。いずれはゲストハウスのような形にすることも考えているといいます。

「ここで何かやりたいという人がいるのなら、任せてもいいと思っているんです。このまま瀇太屋をずっと続けていく…とは考えていません。ただ、せっかくこうして残ってきたものがあるのだから、それを未来へ生かしてもらえたらうれしいですね」

二瓶さんは、県内外問わず、積極的に交流の場を広げています。

「どうしたら人が集まるのか、人の琴線に触れることができるのか、ということをずっと考えています。ちょっとした工夫だと思うのです。新しいものを作らなくても、今あるものを工夫するだけでも…。例えば、小野町には鍾乳洞や渓谷があるので、アウトドアツアーを企画するのもいいかもしれません。少しずつでも、この町の魅力を発信していきたいですね」

形にはこだわらない。小野町、ひいては福島のために何かしら貢献ができれば−−−−。それが二瓶さんが今、願っていることです。

すでに改装した貸切風呂は、檜の木でできています。

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福島県田村郡小野町大字谷津作字小治郎82

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