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和食酒場AFRO

厨房からいわきのおいしさを伝えたい!ふるさとの魅力を知る居酒屋店主の挑戦

和食酒場AFRO

福島県最大の都市であるいわき市。太平洋に面し山にも囲まれた地形で、穏やかな気候が自慢です。映画『フラガール』の舞台としても一躍有名になりました。そのいわき市で「和食酒場AFRO」を営むのが若松佑樹さん(写真)。地元の名産品であるカジキを使ったご当地メニューが人気を呼んでいます。

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ツヤツヤで真っ黒な見た目はまるで石炭!いわきにある居酒屋の驚きのメニュー

福島県の東側、沿岸エリアにあたる浜通り。その南部にあるいわき市は、かつて炭鉱で栄えた町として知られています。南北95kmに広がる常磐炭田は日本有数の採炭地。最盛期には130以上もの炭鉱があったとされます。いわきはその中心であり、町には石炭を運ぶ鉄道やトロッコ列車が整備され、周りには多くの炭鉱住宅が並びました。明治に始まった炭鉱は、昭和に入りエネルギーの主役が石炭から石油に代わるまで町の主要産業でした。

そして現在、いわき駅近くの繁華街に一軒の居酒屋「和食酒場AFRO」があります。店名のAFROは、店長であるIWAKICALL株式会社代表 若松佑樹さんのトレードマーク、アフロヘアからきています。「今は少しおとなしめになりましたが。昔はもっとチリチリでtheアフロでした(笑)」と、人懐っこさ溢れる笑顔が魅力的な若松さんです。

開店して間もなく、店内は常連客でいっぱいに。メヒカリやマコモタケなど、いわきの食材をふんだんに使った料理が人気です。中でも看板メニューが、カジキを使った「常磐炭鉱石炭揚げ」。盛り付けられたお皿がテーブルに運ばれてきてビックリ! ツヤツヤで真っ黒、ゴツゴツした見た目は、まさに石炭さながらです。

アフロヘアーをかたどったロゴ看板が目を引く「和食酒場 AFRO」の入り口。

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カジキを使った「常磐炭鉱石炭揚げ」。真っ黒な見た目は石炭そのもの! 持ち帰り用商品もあります。

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プロバスケット選手をめざし県外へ。故郷を離れて知ったいわきの豊かな自然

メニューを開発した若松さんは、いわき市の生まれ。小学校3年生でバスケットボールに出会い、プロ選手になるのを目標に大学は県外の強豪に進学します。ところがチームのリーグ降格や、コーチとの確執など苦しい局面が重なり、若松さんはバスケを純粋に楽しめなくなってしまいました。悩んだ末に部活を辞めた若松さんは、地元の先輩がいるチームに誘われたのをきっかけに実家に戻りました。そして、数年ぶりのいわきでの暮らしは、若松さんに大きな気付きをもたらします。

「通っていた大学があった場所には、海がなく平地だらけでした。けれどもいわきには海も山もあり、食べ物に恵まれていてどれもおいしい。一度、外に出たからこそ見えてきた故郷の魅力でした」と振り返ります。

間もなく若松さんは結婚し、いわき中央卸売市場で働いたり、医療機器や引っ越し業の営業をするなどいくつかの職を経験しながら家庭を支えていました。子どもも3人に増え、慌ただしいながらも充実した日々を過ごす中で起きたのが、東日本大震災です。若松さん一家は原発事故の影響を恐れ、一時は山形県に住まいを移します。けれども若松さんは、身寄りのいない土地での暮らしを受け入れられませんでした。

「結局妻とは別れ、子ども3人のうち長男を引き取っていわきに帰ってきました。このときは本当に辛かったですね。逃げ出したい気持ちでいっぱいで。自分は死んだことにして、誰も知らない場所で人生やり直したいというか」。若松さんの人生を変えるほどの大きな出来事でした。

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人生の岐路で飛び込んだ飲食業

そんなときに声をかけてくれたのは、いわき中央卸売市場で働いていたときの先輩でした。自身が営む飲食業を手伝ってほしいと頼まれたのです。当初は、子どももいたので昼だけ働いていた若松さんでしたが、店が忙しくなるにつれて、昼夜ともに働くようになりました。その中で徐々に料理を覚え、ついに2013年、自身の店としてAFROをオープンさせたのです。

当時、シングルファザーだった若松さんは、育児と店の運営を両立させるのに、とにかく右往左往の毎日だったといいます。子どもを一人にはできないので、昼も夜も店に連れていき、夜は段ボールを敷いて寝かせたそうです。そして、朝になると車で学校に送り、その足で店に戻ってランチの仕込みに入る…という日も。朝から晩まで働いて、3時間しか眠れない毎日が続きました。

地元の食材を使った創作料理が人気の和食酒場「AFRO」。オープン当初は集客に苦労し、ランチ営業などで認知度を高めていったそうです。

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開店時からのスタッフ。バスケチームのメンバーでもあります。

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カジキをメヒカリにかわる新名物に!ご当地グルメを託したかつての師匠

今でこそファンの多いAFROですが、オープン当初は集客に悩んだという若松さん。赤字覚悟の格安ランチや、ミニコミ誌への広告出稿などで認知度アップに努めました。けれども周りの目に留まるには、何か決定的なインパクトが必要だと感じていました。

悩める日々が続く中、いわき卸売市場で働いているときにお世話になった社長から、「いわき市のカジキグルメ実行委員会(カジキグルメ委員会)」の活動を紹介されました。カジキグルメ委員会では、地震の影響で水揚げ量が減ってしまったメヒカリに代わり、いわきを代表する魚としてカジキを盛り上げていこうと精力的に活動していました。社長は全国のグルメグランプリで大賞を獲った「ジャンボカジキメンチ」の立役者。メンチに続くカジキグルメの開発を若松さんに託したのです。

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子どものころの思い出が呼び起こしたメカジキが石炭に変わるひらめき

故郷いわきの良さに気付き、飲食業という新たなフィールドで挑戦をしていた若松さんは、たくさんの人にいわきのおいしいものを味わってもらえるチャンスだ、と新メニューの開発に乗り出します。

注目したのは、カジキの竜田揚げでした。こんがり揚がった竜田揚げは酒の肴に最適です。そのままでもおいしいけれど、ご当地メニューらしく、いわきならではのアクセントを追求しました。コロコロとした竜田揚げをしばらく眺めていた若松さん。ふと脳裏にある映像がかすめました。それは子どものころに訪れた博物館で見た、炭鉱で働く人たちの実物大模型です。

「男の人が裸になり、汗水たらして石炭を掘る様がすごくリアルで、子どもながらに衝撃的でした。それがババっと頭に浮かんできて、竜田揚げを石炭に見立てたら面白いかも! とひらめきました」

さらに、竜田揚げにからめる黒いソースづくりにも着手。黒ゴマ、黒蜜、あんこと黒いものは何でも試し、最後に行きついたのがイカスミでした。しかしこれだけでは終わりません。肝心の味で難航を極めます。

「醤油も塩もダメ。ソースやケチャップも、カジキとの相性が今ひとつだったんです。そこで冗談半分でマヨネーズを試してみました。マヨネーズは白っぽいので、ソースがグレーになるかもと避けていたんです。けれども実際は黒いまま! これは驚きでした」

甘めのチリソースやニンニクなどを加え、子どもも好きな味付けに仕立てました。そして“石炭”なので、盛り付けにはあえて薬味も添えません。お店のスタッフも真っ黒な見た目に驚きましたが、ひと口食べて「これはおいしい!」と太鼓判。さらにカジキグルメ委員会が主催する「カジキ料理コンテスト」にも出品し、プロの部でみごとグランプリに輝きました。

いわき市のカジキグルメ実行委員会が開催した「第4回カジキグルメコンテスト」で「常磐炭鉱石炭揚げ」が見事グランプリを受賞!

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地元の人も移住者もスタッフも誰もが平等に楽しめる場所にしたい

今では煮豚と並び、店の看板メニューとして定着した「常磐炭鉱石炭揚げ」。噂を聞きつけ県外から訪れる人も珍しくありません。「常連さんは初めて来る人と一緒の時に、必ずオーダーしてくれます。お出しした時のリアクションをこちらも楽しんでいます」と若松さん。AFROもすっかり地域に愛されるお店となりました。

「震災から8年経ちますが、いわきの町には原発事故による移住者と元から住む人との間で温度差があるのも事実です。けれどもAFROの中では、誰もが平等に楽しんでほしい。“誰も”というのは地元の人、観光でいらした人、そして店のスタッフも全員をさします。言うならば、ディズニー映画の『ズートピア』の世界です。体の大きさも特徴も違う動物たちが、食う・食われるの関係の中で共生を図ろうとする姿は、人間社会の多様性を描いています。ズートピアのようになれば、いわきはもっといい町になると信じています」

その昔、いわきの炭鉱の全盛期を支えたのは、各地から集まった多様な労働者たちです。若松さんの“ひらめき”は、先人たちからのメッセージだったのかもしれません。

店内には毎日多くのお客さんが訪れるように。テレビ取材を受けるほどの話題の店となりました。

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和食酒場AFRO

和食酒場AFRO

和食酒場AFRO
住所:福島県いわき市平字田町68 2F
TEL:0246-35-0150
OPEN:17時30分~25時00分(ラストオーダー:24時30分)

URL:http://iwaki-afro.com/

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