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皇室献上の浜を復活させるために

2014.02.04

アイザワ水産

アイザワ水産のある東松島市は日本三大渓のひとつ「嵯峨渓」など、海に囲まれた自然景観や魚介類に豊富に恵まれたまちにあり、なかでも海苔は品評会でも数多く優勝しているほど海苔のレベルが高く何度も皇室に献上されるほど。 大曲地区は沿岸全域で壊滅的な被害を受けた地域ですが「皇室献上の浜」を復活させるため漁師が一丸となり日々海と向き合っています。

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今やれることは何でもやる

船、工場、機械、家、土地など、津波にすべて流されてしまった漁師たちにとって、高額な初期投資が必要となる海苔養殖業をすぐに復活させることは難しい問題だったようです。 しかし「陸に上がるつもりはなかった」という相澤さんは、以前ワカメを養殖した経験があり「海苔養殖に比べて経費も手間もかからず資材さえあればできる。少しずつ得た収入で海苔養殖をもう一度復活させたい」という強い気持ちで、ワカメ養殖から海苔養殖の復活に向けての第一歩を踏み出したそうです。 試行錯誤しながらのワカメ養殖と復興のための瓦礫撤去作業など、これまでとは違った形で浜と向き合い過ごしてきた漁師にとって2012年8月から再開した海苔の養殖、2年ぶりに海苔を摘採できた喜びは格別だったことでしょう。 3代目の海苔漁師として海とともに生きている相澤さんですが、学生の頃には「絶対漁師にはならない!」と思っていたそうです。「昔から親父の背中や家族が頑張っている姿を見ていたので、いずれは・・・と思っていたが、卒業する間際に親父から、今やらないなら一生やらせないといわれて海苔漁師になる決心をした」といいます。 半年の間、九州で海苔の勉強をして戻ってきた相澤さんは「勉強してきたからできるだろうと思っていたが、思いどおりにならなくて全然できなかった。」といいます。「10年やっている人に1年生が勝てるわけがない。どう考えても経験では勝てない」と、悔しい思いをしながら、ほかの人たちの仕事を見聞きし、自分が経験していないことでも自分の知識として得てきたそうです。 「失敗も人に笑われることもたくさんしてきました」という相澤さんですが、挑戦する気持ちは人一倍強く、またそんな経験を活かせるからこそ自信に満ちた笑顔になるのでしょう。

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朝早くから摘採作業を行っています

小さいけれど心強いサポーター

若手漁師で構成されたグループ「矢本浅海漁業研究会」では、地元の浜にあわせた海苔作りと漁業全般の可能性の探究など、技術向上や自分たちの海を活かすために挑戦し続け、日々海と向き合っています。 そんな「矢本浅海漁業研究会」の4名が2011年12月、地元小学校にて外部との見識を広めるだけではなく、子どもたちに向けて「海苔とは?」という総合学習の特別先生を行ったことがあったそうです。 そのお礼にと2か月後の2012年2月、子どもたちの招待を受けて小学校へ。子どもたちから前回のお礼をいただいたあと、サプライズプレゼントとして「大漁旗」をいただいたそうです。 子どもたちの感謝の気持ちと復興への希望が込められた大漁旗には「夢」と「のり大漁」と大きく書かれており、目にしたときには胸が熱くなったそうです。 心のこもった大漁旗に「必ず海苔を復活させなくては」と、これまでよりもっと強く思ったといいます。世界に一つしかない大漁旗は今も大切な宝物として大事にされていました。 震災という想像もしかなった出来事を経験した漁師の先生、そして子どもたち。漁師の先生は子どもたちのために、子どもたちは漁師の先生のために、お互いに「何かをしてあげたい気持ち」は同じなんだと心を打たれました。

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1台60mもある海苔のイカダ

技術の次のステップとして

震災後200人近くいた県内の海苔漁師は130人ほどに減ったようです。しかし、震災がなくても徐々に海苔漁師の数は減っていたそうです。その背景には、「漁師が勉強しなかったのが悪かったのではないか」と相澤さんはいいます。 ほかの地域の漁師は単独で事業を行っているケースが多いようですが、この大曲浜は各地の漁港とのネットワークを持ち、コミュニケーションをとりながら情報共有するなど、ほかとは違った浜になっています。 「親父の世代では自分のやり方(技術)を他人に絶対言わないし聞かないが、自分たちは知っている限りは全部教える。ひとりだけ頑張ってよいものを作っても何も変わらない。宮城県の海苔が変わらないと誰も認めてくれない」と話す相澤さんは「個人売り」にも力を入れていて「自分の作ったものを勝負する場所は問屋だけじゃない。漁師がよいものを作って、お客さんに美味しさを伝える。消費者のニーズが問屋に反映されればいい」と生産量や美味しい海苔を作る技術などの全体的な底上げと問屋の要望に応えていくしかなかった海苔業界の改革ともいえる挑戦をしていました。 現在ではグループでの海苔養殖を行っており「よいところも悪いところもあるが、自分だけなら挑戦をして失敗してもいいが、みんなでやると失敗するわけにはいかない」とプレッシャーを感じながらも漁師がひとつになって大曲浜を支え合っているようです。

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「一生で一番旨い海苔を作る」相澤さん

単純にこだわり続ける

海苔はお茶と同じように1番摘み、2番摘みとあり、摘採するごとに固くなり味も香りも減少し、7番摘みともなると味もないような海苔になってしまうそうで、美味しさにこだわるなら7番8番を摘むよりも、もう一度網を張り替えて1番を摘むそうなのですが手間がかかることから、美味しい海苔を作りたいと思う漁師でないとやらないそうです。 現在養殖されている海苔は「スサビ系」といわれるもので、よく見かける板海苔の材料などになっています。 さらに、日本海などに多く自生し、歯ごたえと味と香りが強いのが特徴の「岩海苔」は手摘みしたもののみ「岩海苔」と表記できるらしく、同じ岩海苔の種を使って養殖したものは「岩海苔」とは表記できないのだそうです。 相澤さんは岩海苔の養殖にこだわり続けています。通常なら、スサビ系の海苔を5番6番と収穫した方が生産面でも収入面でも安定しているのだそうですが、あえて岩海苔の養殖にこだわるのには「美味しいと思ってもらいたいから」と相澤さんは消費者に美味しさを伝えるために手間を惜しまず生産しているようです。 岩海苔はスサビ系のように簡単には種付けが出来ないそうです。しかし、高水温に強い特徴があることから、二期作ができない地域のために役に立つのではないかと、グループでの生産量を確保したうえで不安定かつ養殖の難しい岩海苔の生産を続けているそうです。 海苔の話、子どもたちの話、地域の話、若手漁師の話、それぞれに笑顔を見せる相澤さんは「グループ全体で水揚げ量を増やしていくこと。自分の海苔を世のなかに出して知名度をあげていくこと」を目標に美味しい海苔を作り続けています。

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世界に一つしかない宝物

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復興の第一歩となったワカメ

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