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「1年後も100年先も、大切な人とずっと。」17,000本の桜に託した願い

2022.04.26

認定特定非営利活動法人 桜ライン311

岩手県陸前高田市内の約170kmに及ぶ津波の最大到達地点に桜を植樹し「津波が来そうな時は、桜よりも高いところに逃げて命を守る」ことを後世に伝えます。震災から得た教訓の普及のため、桜の植樹・植樹会のほか、講演活動を通し防災の啓発に取り組んでいます。

災害で命が失われる悲しみを二度と繰り返さない

陽気に誘われいっせいに咲いた桜が、震災から11年経った陸前高田に春の訪れを告げました。震災が起きた2010年度に生まれた子どもたちは、小学6年生になりました。震災を経験した私たちは、子どもたちに自然災害から命を守る大切さを伝えられているでしょうか。311line2.jpg

最初の植樹地である陸前高田市高田町浄土寺の桜

震災伝承活動に取り組む、認定特定非営利活動法人桜ライン311は、陸前高田市内の津波の最大到達ライン約170kmに桜を10m間隔で植樹する活動をしています。植樹の予定総数は17,000本。ひとつひとつの桜の木がつなぐ桜ラインより高いところへ避難し、大切な命を守ってほしい、と桜に願いを託しました。

桜ライン311代表理事の岡本翔馬(おかもとしょうま)さんは、陸前高田市出身。高田高校を卒業後、大学で学んだ知識を生かし、東京の建築デザイン会社で働いていました。311line3.jpg

桜ライン311代表理事 岡本翔馬さん。
防災士でもあります

震災当日は報道で陸前高田の津波被害の大きさを知り、いてもたってもいられず東京から陸前高田へ物資の支援活動を始めました。
陸前高田から東京へ戻ると、日常に戻りつつある東京。生きることすら精一杯の地元の人たちを想い、何をすべきか考えます。答えは「陸前高田に帰る」その一択でした。
東京で夢を叶えた仕事も、見据えていた将来の夢も、手放しました。
実家や、特に仲の良い同級生を失ったこともあり、陸前高田で復興支援をしていても悔しさは消えませんでした。
「本当なら、地元で頑張っている奴が生き残るべきで、外に出て地元を考えず好き勝手やってる俺が......って、すごく考えた。皮肉な現実でした」。

過去の津波経験者も
津波避難の大切さを伝えていた

「東日本大震災は"未曾有"や"想定外"と言われました。でも、想定外ではなかったんです。三陸地方にはおよそ800年から1,000年周期で大津波が来ていました。過去の教訓が伝えられていれば、命はもっと助かった。僕は『残された者として、津波の記録や記憶を残して伝えたい』と、考えたのが出発点でした」。
三陸沿岸では、明治の三陸大津波や昭和のチリ地震津波にあった先人が「津波到達地点」を書き記した石碑を残していました。
「先人が残した石碑の存在を知らない人が多かったんです。僕の実家の裏にも石碑があったそうです。情けない話、その存在を全く知りませんでした。置いたままで見ることのない石碑は、人の記憶から消える。だから、手間がかかってもいいから、誰もが一目見て分かるもので津波の到達地点を伝承する。人生をかけてでもやろうと決めました」。311line4.jpg

津波の避難誘導目印としての桜と石碑

想いをともにするメンバーとともに、201110月、桜ライン311を設立。
「私たちは悔しいんです」という活動メッセージを掲げました。
震災当時、被災地に住む多くの人たちは、まちの復興のためにできることを考えながらも、目の前の生活や仕事に明け暮れました。
「僕は、動けるタイミングだった。震災の悔しさがあるから、僕の今の全てのモチベーションは「今を生ききる」こと。自分や自分の大切な人の命を守る未来を創ることが、亡くなった人への手向けになると思っています」。

防災減災を考えるきっかけとして植樹会を開催

桜ライン311が毎年3月と10月に行う植樹会には、全国のボランティアが参加しています。このまちで生まれ育った子どもたちを中心に、事前学習と植樹会を通して防災意識を育む活動もしています。三陸地方を幾度となく襲う津波のこと、20113月にこのまちで起こったこと、なぜ桜を植えるのかなどを伝えているそうです。

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2022年4月上旬、市内米崎町内の桜が開花。
米崎小学校6年生が卒業活動で、植樹を行ったところです(2018年)。

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2018年の植樹会の様子(桜ライン311提供写真)

桜ライン311で桜の植樹・管理を行う佐々木正也さんが教えてくれました。
「この場所より高いところに、自宅を再建された人が多くいます。ここに桜を植えるまでは、ジャングルみたいだった。今は近所の人たちがすごく喜んでくれています。
『海が見えて、桜が咲くから、景色がよくなった』って。嬉しいですね」。

津波の到達地点に立つと気づくこと

「桜の植樹地は『まさに、ここまで津波が到達した地点』なんです。ここに立つと『あぁ、自分のそばまで津波が来たんだ』と身にしみて思う方が多くいます」と、岡本さん。311line7.jpg

左が高田松原。右が市街地。海からの距離は0.4km

この場所は海抜14.1m。本当にこんなところまで津波が来たのだろうかと、その恐ろしさを実感します。
岡本さんが植樹会で、子どもたちに伝える時に大事にしていることは、重い話にはしないこと。
「僕が子どもの時、学校や上の世代に『これは大事だから』って言われると、押し付けられているようで嫌だったんですよね!子どもたちに、自分の気持ちを重ねるのは、自主性を育むことにはなりません。僕らの想いに対するアクションは自由です。震災に対して何をどう考えるかは、彼らの自由ですよ」。311line8.jpg

植樹会に参加した子どもから手紙も寄せられます

最低でも20年かかる17,000本の植樹と生育管理

2022年3月末現在、桜の植樹数は、市内に382ヶ所、1,975本。植樹ボランティアは7,166人にもなりました。
「やりがいはありますが、この10年間、まぁ苦労しましたね。
植樹会では、コロナで参加の制限をしたことで、植樹のペースも落ちました。土地の所有者さんの中には『桜を見て思い出すのは辛い』とお話しされる方もいらっしゃいます。全ての桜の管理には、まだまだ時間とお金がかかります」。311line9.jpg

鹿の食害、病虫害、土地に定着するか、
桜の様子を1本ずつチェックします

桜ライン311のスタッフは7名。できることには限りがあります。植樹ボランティアやご寄付、土地の所有者など、多くの人たちの協力で目標達成に向かっています。
「目標本数の17,000本に対し、進捗はまだ1割強程度です。きれいに大きく育てるためには人の手をしっかり入れないといけない。この活動の成果が出るまで、少なくとも20年」。
桜ライン311の活動は、長期にわたって多くの方々の力を必要としています。

本当の復興とは、個人の防災意識を高めること

防災士でもある岡本さんが、講演で必ず伝えていること。

それは「自分が今できることから」。

「それでいいんです。防災を考えるタイミングは、人それぞれ。僕は震災直後から動けたけど、子育てや、仕事が大変な時期で行動できなかった人もいらっしゃるかなと思います。でも、防災減災に遅すぎることはないです。この記事を読んだ今がそのタイミングだったかもしれません」。311line11.jpg

「まずはハザードマップを見るでもいいし、災害が起きた時にどうするかをご家族で話してみてもいい。『防災は全然考えてないけど、植樹会に行きました』という人は結構いるんですよ。それはそれで、いい入り口。かかわり方は人それぞれです」。
「僕たちが目指す17,000本の桜の未来のあり方は、防災減災を超えること。お花見や観光などで多くの人を魅了する"まちの財産"になっているといいなと思います。植樹会の参加者は『自分の植えた桜をまた見たい』『変わっていくまちの景色が見たい』と毎年足を運ぶ方も多いですね」。

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桜開花の浄土寺。
メディア、撮影者、参拝者が訪れていました

――先人の残した石碑に岡本さんが気づいたことで、次の世代につなぐ桜並木が生まれようとしているのだと、お話を伺って思いました。時代が変わっても、人が人を想う気持ちは決して変わることはなく、どのような形であれ後世の人に伝わるのではないでしょうか。

1年後も100年後も、大切な人とずっと過ごすために、何ができるでしょうか。
あの時感じた「自然災害で大切な人を失いたくない」
この想いを今一度呼び起こしてみてほしいです。

【取材・記事執筆】
一般社団法人トナリノ 板林 恵

認定特定非営利活動法人 桜ライン311

WEBサイト:https://www.sakura-line311.org/


桜ライン311プロジェクト応援マップ(株式会社ONE COMPATH
陸前高田市のマップ上に、植樹した桜の品種や樹齢、植樹地の標高などを掲載。
URL:http://www.mapion.co.jp/feature/eq2011/sakuraline311prj.html

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