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北の地で200年の歴史をもつ、「ゆず」を守る

2021.12.03

北限のゆず研究会

岩手県陸前高田市に200年以上昔から生息している「ゆず」に着目し、2013年6月に発足した団体です。復興の象徴として地域ブランド「北限のゆず」を立ち上げ、収穫体験や生産量の向上、商品開発などを行っています。現在は、陸前高田市の採れたてランド高田松原、あすなろホーム、佐々木農縁の3団体が会員となっています。
(写真:会長を務める佐々木隆志さん)

あまり知られていなかったゆずの魅力

秋空のもと、毎年11月頃になると陸前高田市の各所では、ゆず狩りが行われます。
寒さの厳しい岩手県で「ゆず」が収穫されることに驚く方も多いと思います。実は、ここ陸前高田市は、200年以上前から「ゆず」が生息していました。岩手県内でも、陸前高田の気候は温暖で日照時間の長い地域であることから、柑橘類の生産に適しているのです。
昔から庭木として植えられているお宅が多く、市内では海に面した漁師町の広田町が一番。次に小友町、米崎町となります。市内でゆず樹があるお宅は、8割が東側の海沿いに面しているそうです。yuzu1.jpg
元々この地域のゆずは、その一部が産直や朝市で販売されるくらいで、市内でもほとんど流通していませんでした。
しかし、震災を機に地域外からの多くの支援や交流を行っていくなかで、この地域のゆずがもつポテンシャルの高さに、特産物としての可能性を感じたそうです。
そしてその可能性とゆずの魅力に惹きつけられた一人が、今回お話を伺った佐々木隆志さんです。yuzu2.jpg

北限のゆず研究会の会長を務める佐々木隆志さん

佐々木さんが、ゆずに関わるきっかとなったのは、東日本大震災でした。
「震災後に、「株式会社南部美人」でゆずを原料としたお酒をつくりたいからゆずが欲しい、と大船渡農業改良普及センターから相談されたことが発端でしたね。初年度は少ししかゆずが出せなかったけど、続けていくうちに、このゆずはいいものだから、価値のあるものだから、もっともっと広めていこうと。2013625日に陸前高田市役所で「北限のゆず研究会」がつくられて、今まで活動してきました。」
佐々木さんは、設立からの4年間と、今年からまた会長を務めています。佐々木さんのゆずへの想いは設立当初から今現在も変わっていません。yuzu3.jpg

北限のゆずの魅力を伝える佐々木さん

嬉しい悲鳴

今年のゆずは、実りもよく大豊作の年だそうです。収穫は5トンを目標にしているとのことで、収穫依頼がくると、佐々木さんが一人でゆずの収穫へ出向くそうです。
ただ、一人で行うには1日1か所をまわるのが限界。雨の日以外は毎日、収穫で市内を飛び回っています。1210日がゆず収穫の受付締切となり、「豊作なのはとっても嬉しいけど、全て取り切れるかな...。」と心配な一面を話してくれました。
ご自身でも2015年の3月に植栽し、昨年から収穫が始まりました。「佐々木農縁」という団体も個人で立ち上げ、忙しい日々を送っています。
「今まで自分で取って出していた方から、今年は収穫にきてほしいと依頼がくることが増えました。高齢化もあって、自分たちで取るのが困難になってきたんですよね。人手不足などの人的体制が研究会として、まだまだなんです。なので、毎年行っているゆず狩りサポーターで参加してくれる人たちには、感謝です。」と佐々木さんは言います。

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ハサミの使い方を指導している佐々木さんと、話を聞く参加者

行こう!ゆず狩りへ

今年は、116()から全7回、ゆず狩りサポーターによるゆず狩りが行われました。
例年だと5回行なっていましたが、今年はゆずの実りが豊作とあって、開催を2回増やしました。ここ2年は新型コロナウイルスの影響で、遠方からの参加者は受け入れていなかったとのことですが、以前は東京や北海道からわざわざ参加される方もいたそうです。
今回は、1117日(水)に行われた第4回のゆず狩りについてレポートします。
15名の参加者で、2班に分かれて行いました。向かった先は、広田町。自宅脇の大きな広場には、ゆずの木が4本植えられています。yuzu5.jpg

太陽の陽射しをいっぱい浴び、海の潮風に吹かれながら、天にも届きそうなくらい成長したゆずの木


到着して最初に、佐々木さんからハサミの使い方や、作業の流れの説明を受けます。
それから使用するハサミと、厚手の手袋が配布され早速実践開始です。

ゆずの木には鋭いトゲがあり、素手では決してできません。高さがある木の場合は、高枝切りバサミを使って作業を行います。ゆずを落下させないよう、四苦八苦しながら、慎重に木から取っていきます。yuzu6.jpg

高枝切りバサミの使い方もしっかりとマスターする参加者

初めて参加された方も、30分もすればやり方をマスターして、何より1番楽しんでいる様子でした。ずっと上を見上げての作業は大変なので、疲れた方は落ちたゆずを拾って、枝をカットする作業に切り替えるなど、みなさん無理なく自分がやれることを行います。ゆず狩りで初めて会った人たちでも、作業を手分けして行い、自然とチームワークもできていきます。10時からスタートし、お昼を挟み15時までの1日作業です。yuzu7.jpg

収穫したゆずから丁寧に枝を切りとる作業


この日の収穫では、2班合わせて約300キロのゆずがとれました。yuzu8.jpg

収穫したゆず


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収穫したゆずを嬉しそうに持つ参加者

毎年参加されている方や、初めて参加された方ももくもくと作業を行うなか、
「会話があるようで、実はないんですよ()。みんな作業に集中しちゃって、会話するのも忘れてしまうんです。それでも、毎年参加している方もいてね。自分で手袋やハサミを用意してくる人もいますよ。」と佐々木さんは、嬉しそうに話します。

1年に1度の再会がまた嬉しい

毎年参加されているという、石島久美子さん、今野里美さん、小野寺森子さんの3人にゆず狩りの魅力を伺いました。
石島さんは、大船渡市在住で2015年から毎年ゆず狩りサポーターに参加しています。まさか陸前高田でゆずがとれるとは知らず、毎年参加するのが楽しみとのこと。「今年も始まったな」と、わくわくするそうです。
今野さんは、今年で参加して5年目。きっかけは新聞でゆず狩りができる事を知り、1人で応募したとのこと。今では、毎年ゆず狩りで会う顔見知りができて、嬉しく感じているそうです。
そして今年のゆず狩り全ての回に参加している小野寺さんは、「5月頃咲くゆずの花を見かけると「そろそろだな」と楽しみになります。」と、今では車の中や玄関先にゆずを置いて、香りに癒されているそうです。yuzu10.jpg

写真左から、今野里美さん、小野寺森子さん、石島久美子さん

「普段は連絡をとる事はなくても、ゆず狩りを通して毎年顔を合わせられる。「またこの日がきたね!」と言って、一緒に作業をする時間は、ゆずがもたらしてくれた貴重な繋がりですね。」と小野寺さん。
また来年、再来年とずっと続いてほしいと願います。

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参加者全員で最後に記念撮影

50年ゆずと寄り添う生活

作業中、差し入れを持って様子を見に来ていた、家主の大和田さん。今年で88歳になるそうで、ゆずの木との思い出話しを聞かせてくれました。
「実は、このゆずの木は私が種から植えたんだよ。お嫁にきた時に、近所の人からゆずを1個もらったの。そのゆずの中にある種を土に埋めて、育てたの。もう50年くらいになるよ。」

ゆずは、種から育てるとゆずの実がなるまで、最低20年はかかるそうです。寒さにも弱く、たくさん種をまいても、順調に育つのは数本のみ。大和田さんもたくさんまいた内の、残った木は2本のみだったそうです。
寒さ対策として、暖かくするために冬は囲いをして乗り越えたとのこと。
この地で一緒に暮らした50年、大和田さんにとってゆずの木は、かけがえのない存在です。yuzu12.jpg

残りの人生もゆずに捧げる決意を

「北限のゆず」は、陸前高田の復興の象徴として、そして地域を繋ぐ産物としての可能性を秘めています。最後に佐々木さんに今後の目標を伺いました。

「ゆずを一つの起爆剤として、陸前高田の色んな地域資源を広げられないかなと思っています。実は、生産量も年間30トンになれば、東北1位になるということが、データとして出ているんです。それには、今の倍くらいの本数を植えないと、安定した30トンは難しいんですよね。でもその計画も今始まったばかり。新しくゆずの生産に興味をもってくれた若手の農家さんや、移住者の方もいるので、活動を通して色んな方の目にとまればいいなと思っています。
続けていくうちに、このゆずは価値のある地域の宝だな。という認識が持てましたね。これからも守っていかなくてはいけない!自分の最後の使命という気持ちでやっています。」

佐々木さんの挑戦はこれからもまだまだ続きます。yuzu13.jpg

【取材・記事執筆】
一般社団法人トナリノ 吉田ルミ子

北限のゆず研究会

ホームページ
http://www.hokugen-yuzu.jp/

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