働くママは復興の活力! コットンパールに込めた南相馬への想い
2019.12.06
働くママを輝かせるプロジェクト
福島県内の沿岸側にあたる、“浜通り”と呼ばれる地域。その北部にある南相馬市で、地元の綿を使ったコットンパールのアクセサリーブランド、「Ratel(ラーテル)」を立ち上げた女性がいます。「働くママを輝かせるプロジェクト」発起人の松村舞さんです。
ママのネットワークが光るアクセサリー工房
コットンパールとは綿を圧縮してボール状にしたものに塗料をコーティングしたもの。本物の真珠のように華やかながら、ふんわりと軽く価格も手ごろなことから、日常遣いのアクセサリーで近年人気を集めています。
Ratelのアクセサリーをつくるのは、松村さんはじめ南相馬に住むママたちです。大小のコットンパールに金銀のモチーフ、ツヤツヤのリボンが、次々とピアスやペンダントに姿を変えていきます。作業スペースのすぐ側には子どもたちの姿が。何かの時にはママどうしが助け合い、おしゃべりが弾む賑やかなワークスペースです。
かつては専業主婦だった松村さんは、周りのママたちと同じような悩みを抱えていました。
「南相馬には、2人、3人と複数の子どもを持つママがたくさんいます。そして多くの人が、働きたいと考えている。仕事と家庭を両立できている人もいる一方、働くことを諦めた人もいます。やはり、子どもの病気などで勤務が不安定になり、周りの迷惑になるからと辞めてしまうことが少なくないからです。しかし、家庭に入った主婦は社会で孤立しがちですし、時には家事や子育ての愚痴をこぼしたくなることもあります。それなら子連れて出勤できて、わずかでもお金を稼げる場所をつくろうと、周囲の後押しもあって一念発起しました」
こうして2016年に、プロジェクトが立ち上がりました。
工房でつくられたRatelのアクセサリー
綿栽培を震災復興のシンボルに
松村さんがコットンパールに目をつけたのには理由があります。南相馬は、震災による津波や原発事故の影響の大きかった地域です。特に農業への影響は深刻で、塩害や土壌汚染により食用の作物を育てられなくなってしまいました。そこで農家の間では、オーガニックコットンの栽培が活発化していたのです。
けれどもコットンパールをつくるには、長い道のりが待っていました。春先に種を蒔いた後、綿花ができるのは冬の気配を感じる11月。続いて収穫した綿花から手作業で種とゴミを取り除き、洗浄と漂白、乾燥の後、綿打ちをして綿となる時には次の春を迎えます。そしてできた綿を加工会社に託し、コットンパールに変身させます。手元に届くまでには、種植えから1年半ほどかかるそうです。
「最初はコットンパールも、自分たちでつくろうとしたんです。けれども高度な技術や設備が必要だと分かり、国内で唯一のコットンパール工場にお任せすることにしました。原料の綿花は地元の綿農家さんから買い付けると同時に、私たちも栽培しています」
綿花の栽培や綿の製造も、松村さんたちにとっては初めての経験。綿農家の方に教わりながら、少しずつやり方を覚えていきました。
初期のころに出来たコットンパール。
「嬉しくて涙が出そうでした。」と松村さん
100%南相馬コットンへのこだわり
丹念な仕事の積み重ねでつくられた、Ratelのコットンパール。海外のプランテーションで大量生産された綿花に比べて何倍もの手がかかっていることもあり、松村さんは市販のものより多少値が張ることを予想していましたが、最終的には市場価格の10倍に膨れ上がりました。
「コットンパールの加工会社からは、『海外の綿も混ぜたほうがいい。こんな高価なものは見たことがない』と言われました。そもそもアクセサリーが売れなければ、ママたちの収入にも影響します。正直なところ、とても迷いました」
綿のブレンドをしようかと松村さんの心が揺れかけたそのとき、「100%にこだわるべき」と助言した人がいました。それは松村さんの活動をバックアップしていた、NPOの事務局員です。南相馬の綿は、ほかのプロジェクトなどで既にTシャツやタオルなど商品化されていました。けれども単価に影響するため、海外産の綿を混ぜてつくられていたのです。
「綿を南相馬の新たな名産にするには、地元の人たちが誇りを持てる存在が必要でした。彼は、それがコットンパールであると。そのひと言で、迷いがなくなりました」
農家の人と綿花を収穫している様子
価値を伝える単価2倍の大勝負
とはいえ松村さんは、最近まで商品の価格を強気に設定できず、ほとんど利益をのせられないままでいました。パール以外のコストを抑えようと、商品の包装も簡素なものにしたほどです。ところが今年に入り、意外な意見を耳にします。あるクラフトマルシェに出店する際、主催者から「もっと単価を上げて、リッチに見えるようにしたほうがいい」とアドバイスを受けたのです。
それを聞いた松村さんは、思わず目が点に。でもせっかくの機会です。イヤリングやネックレスは小さな箱に詰め、外にはオリジナルタグをつけました。またサテン地のリボンが華やかな紙袋も用意することに。それから値上げにも踏み切りました。今までのおよそ2倍と、かなり思い切ったのです。
大胆な試みがどちらに転ぶのか。松村さんのドキドキは止まらないまま、マルシェの当日を迎えました。しかしふたを開けてみれば、お客さんの反応は興味深いものでした。
「まずお店の前で『わあ!かわいい!』って。以前よりも大きなリアクションが増えました。またこれまでは『高いね』という方と『安いね』という方と両方いらしたのですが、そういう声がパタっとなくなったんですよね。これはすごく驚きました」
この一件により、ブランディングを通じての商品の世界観をつくることの重要性を痛感したという松村さん。同時にRatelというブランドへの自信にもつながったといいます。
マルシェでの出店の様子。
ピアスやペンダントをシックな化粧箱に詰めると、グレード感がアップ。買い物する人にもワクワクする気持ちを届けられるように
最強のママが南相馬を元気にする
松村さんがプロジェクトを立ち上げて、4年が過ぎました。Ratelを応援してくれる人たちが増えている一方、まだまだ課題もあります。
ひとつは人材の確保です。工房を移転した関係で、かつてのメンバーが離れてしまったのです。「でもつい先日、メンバーの一人から『戻って来たい』と連絡がありました」と松村さん。工房が賑やかになる日も、そう遠くないかもしれません。
そしてもうひとつの課題は震災から8年経ち、徐々に復興の機運が薄れていること。松村さんはアクセサリーの訴求力もさることながら、町の活力低下を懸念しています。
「震災直後の南相馬は、復興に向けての熱量がすごかったのです。でも今はトーンダウン気味でつまらないなあと。特に未来を担う子どもたちのためにも、楽しい町にしたいと思っています。最近は仲間と、放課後教室を始めました。ネイルやアロマ、マジックのレッスンなど、いろいろなことをやっています」
町に漂う停滞感を打開するカギは、子育てママにあると松村さん。
「実はブランド名のRatel(ラーテル)は動物の名前で、世界一怖いもの知らずとギネスに認定されています。母は強いですよね。子どもの幸せのためなら、驚くほどの力を発揮できる。だからママたちが楽しく過ごせるように、サポートしていきたいです」
決意を語る松村さんの瞳は、まるでパールのように輝いていました。
右から松村舞さん、代表理事で舞さんの母の門馬ひろみさん、理事で舞さんの叔父の鈴木利広さん。新しい工房は古い空き家を利用したもの。宿泊などの使い方も検討している
このページをSNSでシェアする