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飲んだ人が夢を抱ける『いわき夢ワイン』vol.1

2015.10.23

認定NPO法人みどりの杜福祉会
ハンディキャップのある人々が自立して暮らせるように就労支援を行う、福島県初の認定NPO法人。地元のオリジナルワイン『いわき夢ワイン』のブドウ栽培から加工までを行っているほか、農園では野菜や果樹の栽培・加工・販売も。宅配弁当の製造と販売を行う「未来キッチン」が作るお弁当は、地元の人々からおいしいと評判です。

おいしさの理由は「物語」にある

「おいしい食事」は、なぜおいしいのでしょう?

素材が新鮮だから? 誰かが心を込めてつくってくれたから?
それらを一つにまとめて言うなら、おそらく「物語があるから」ではないでしょうか。食事に限らず、上質な商品やサービスには豊かな物語が流れているものです。今回訪れたみどりの杜福祉会も、地域全体を通じた大きなストーリーの一端を担っています。

新しいいわきの物語を牽引しているのが、地元のワインです。2013年から販売を開始した『いわき夢ワイン』は、お披露目会におよそ200人もの人が集まるなど、地元の方を中心に注目を浴びています。このワインを飲みたいと思ったら、手に入れる方法は大きく二つ。いわきワイナリー直売所やいわき市内の取り扱い酒屋を直接訪れるか 、ネットショップにアクセスするか。いわき市内のレストランでお料理と一緒に味わうのもいいでしょう。

そんな『いわき夢ワイン』をつくっているのが、障がい者のための就労支援センターを運営する認定NPO法人みどりの杜福祉会です。同会を利用する障がい者の方々は、ワインに使うブドウ以外にも、ブルーベリーや梅、じゃがいもやルバーブなど、果樹と野菜の栽培・加工・販売を行っています。地道な活動が認められ、2013年には福島県初の認定NPO法人になりました。認定されるには、運営の経理が適切であることや、市民から広く支援を受けていることが必須条件。たとえば、3,000円以上寄附してくださる方が年間100人以上いなければなりません。認定NPO法人であることは、厳しい基準をクリアした証なのです。

さて、NPO法人であるみどりの杜福祉会は、そもそもなぜワインづくりを始めたのでしょうか。

事務所のすぐ裏手には、ブドウ畑が広がっている

大きく育ったブドウたち。今年は昨年よりもさらに元気がいいのだとか

ゆったりとした時間の流れが障がい者に向いている

理事長の今野隆さんがみどりの杜福祉会を設立したのは2009年のこと。以来、障がい者のための就労支援を続けてきました。

「妹にハンディキャップがあり、景気がよくないと仕事がないので、よく自宅におりました。その様子を見ながら、『障がい者がもっと働ける場所があればいいのに』と思っていたんです。そんなときにテレビでワイナリーの紹介番組を見ましてね。発酵や熟成を伴うワインづくりは、ゆったりとした時間の流れが障がい者の人々に合うのではないかと考えました」

こうして、NPO法人設立前からブドウの栽培に着手した今野さん。農作業を通じて、ハンディキャップのある人たちに安心して自立した生活を送ってもらおうと、みどりの杜福祉会はスタートしました。

認定NPO法人みどりの杜福祉会 理事長の今野隆さん

「この場所にとどまる」という父の決意

みどりの杜福祉会として、今野さんたちは好間農園と広野農園の2か所でブドウづくりを進めました。好間農園では、マスカットベリーAやメルローなどの苗木を定植した翌年、東日本大震災が起きました。ブドウづくりに関わってきたメンバーの多くが県外に避難を余儀なくされ、さらにほとんどの作物は断水によって枯れてしまいました。

もう一つの広野農園では、数年かけてブドウの実をつけるくらい樹が育っていましたが、原発事故の影響で立ち入りを禁止されてしまいます。震災から約半年後、ようやく広野農園に立ち入ることができたものの、震災後の断水で作物は枯れ、雑草がブドウの樹を覆い尽くしていました。今野さんたちは、広野でのブドウ栽培をあきらめることにしました。

そのころ東京で生活していた娘の麻未さんは、今野さんにある提案をします。
「一度いわきを離れて東京に避難したらどうか、と持ちかけたんです。でも、父は『障がい者にとって、日常が変わらずに送れることが何より大切だから』と」

実際、臨時休業となった日も、いつも通りにバス停で迎えを待つ利用者の姿があったそうです。今野さんは、そんな"もしも"に備えて車を走らせ、待っている人がいれば作業場へ連れて行き、半日ほど手を動かしたらまた車で送るということを繰り返しました。いつもと同じ時刻に、同じ行動を取って、いつも通り帰路につくこと。生活リズムを保つことが利用者にとってどれほど安心につながるか、それまでの経験から今野さんはよく知っていました。

「地元に戻る」という娘の決断

地元にとどまり、利用者に寄り添い続ける道を選んだ今野さん。その姿勢を知った麻未さんは、当初の提案とは逆に、自らがいわきに戻ることを決意します。
「東京にいても、地元がどんな状態なのかよくわからない。わからないなら、いっそ現地に行こう、と思ったんです」

こうして、今野さんの信念のもと、家族がいわきに揃いました。けれどもまだ問題が......。農作業はすぐに復旧することができません。その間、利用者の雇用をどのように続ければいいのか。新たな試行錯誤が始まりました。

事務局の今野麻未さん

ワインづくりを支えた宅配弁当

震災により農作業が続けられなくなってしまった今野さんたちは、屋内でできることを始めようと、2011年6月に宅配弁当の製造・販売をする「未来キッチン」を立ち上げました。利用者は一から新しい作業を覚えなければならないので、最初はとても大変だったといいます。しかし、このスピーディな対応が功を奏しました。お弁当はボランティアスタッフや作業員の食事として需要があり、順調に売れていったのです。

障がい者を中心に弁当をつくる店は市内に複数ありましたが、「未来キッチン」はそのなかでも人気を得ているのだとか。「お客様の選ぶ基準は、『おいしい』か『おいしくない』か。お弁当が売れているのは、純粋に味がおいしいからだと思いますよ」と今野さん。現在は1日に100食ほどをつくっているそうです。

「未来キッチン」で利用者の雇用を維持しつつ、今野さんたちはブドウづくりも諦めませんでした。震災の2年後から新しい土地でブドウの栽培をスタート。2013年には無事にブドウを収穫し、山梨県勝沼市のワイナリーの協力により、設立時からの夢であったオリジナルワインを完成させました。そして、2015年3月「いわきワイナリー」の名称で果実酒製造免許を取得し、同年秋から本格始動したのです。

「ワインづくりを続けられたのは宅配弁当のおかげ」と今野さん。利用者の雇用を短期・長期の両面から考えた行動が実を結んだのですね。

次に続く。

『いわき夢ワイン』の名称でオリジナルワインをつくっています

「いわき夢ワイン2013』 (写真中央)「いわき夢ワイン2014」(写真左・右)

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