ゼロからの町づくりを起業家たちと楽しみたい
「小高ワーカーズベース」
2022.11.03

株式会社 小高ワーカーズベース 代表取締役 和田智行さん
震災後の原発事故で人も商店もゼロになった土地で、「地域の100の課題から、100のビジネスを創出する」を掲げた小高ワーカーズベース。
代表の和田智行さんは、避難指示解除前から食堂やスーパーを運営し、若者たちの仕事づくりに尽力。「ゼロの状態から、住みたい町をつくれることにワクワクした」と言う和田さんに町づくりの軌跡について伺いました。
人のいない、不安しかない町で開拓者になる
福島県南相馬市小高区は、福島第一原子力発電所から10~20kmに位置し、震災後5年4か月もの間居住が許されなかった地域。「若者はもう帰ってこないだろう」。地元の人にもそう言われていました。
この地に小高ワーカーズベースの本拠「小高パイオニアヴィレッジ」はあります。中央の大きな吹き抜けにはひな壇状のフリースペース。ホールを見下ろす2階にはテーブル席とカウンター。開放的なスペースで、PCに向かっている人、ミーティング中の人たち、そして職場体験に来た中学生のグループ。窓辺のガラス工房では、作業中の女性たちの姿も見られます。ここは、起業家として歩み始めた若者やクリエーターたちの拠点になりました。
ゲストハウス、工房を併設したコワーキングスペース「小高パイオニアヴィレッジ」は、
2019年度のGood Design賞を受賞したスタイリッシュな建物。
半透明の壁を透かして外光が館内を照らしています
和田さんは地元小高を出て東京の大学に進学。IT企業で働き、独立を機に2005年小高にUターンしました。リモートワークをしつつ2社の役員をしていた2011年、南相馬を震災が襲います。和田さんの住む地域は、原発事故の影響で立ち入りできなくなり避難生活が始まりました。食べ物もガソリンも手に入らず、避難所はいっぱいで寝るところもない。3歳と1歳の子どもを抱えて、不安と恐怖と向き合いながらの日々。予測もつかなかった事態に翻弄される悔しさと無力感にさいなまれたそうです。
一時帰宅が許されて戻った小高は人一人いないゴーストタウンでした。もし、戻れるようになるのなら戻りたい。和田さんはそう思いましたが、地域の人はほとんど「帰らない」と言います。その理由は、仕事がないし、店も一軒もないから。IT起業家である彼に、小高でベンチャーを立ち上げて若者を雇用してほしいと言う人もいました。でも、和田さんは首を縦に振りませんでした。「何もなくなった地域の課題解決にはならないと思ったのです。地域を覆う不安、先行き不透明感を打破するためには、仕事と暮らしを同時につくるしかない。それこそ、起業経験のある自分がやることだと決心しました」
課題は全部ビジネスチャンス
「何もない町は課題だらけ。でも裏を返せば、課題は全部ビジネスチャンス。ゼロの状態から住みたい町をつくれることにワクワクしました。こんなフィールドは他にないのですから」と和田さん。
『地域の100の課題から100の事業を創出する』を掲げて、小高ワーカーズべースが創業したのは2014年。この時の小高は、立ち入ることはできても、避難指示解除前。今後の地域を支える人の拠点が必要と考えた和田さんは、避難地域初のシェアオフィスを開業しました。居住は許されず、避難先の会津から通っての起業でした。
「郷土愛が強かったわけではありません。ただ、雇用や経済の問題を、よその力や起業誘致に依存したくない。自分たちの手で生業も店もつくりたいと思ったのです。一つひとつの事業を大きくする必要はなくて、小さくても利益が出せるところまで事業化できれば誰かが食べていけるはずなので」
2014年12月には、地元のお母さんたちと、食堂「おだかのひるごはん」をオープン。いったい誰が来るのか?と言われた食堂は賑わい、地域の人が消息を確かめ合う場になりました。公設の仮設スーパー「東町エンガワ商店」の運営も受託。けれど、人が戻り始め、食堂やスーパーの担い手が他に現れたのを機に、和田さんは「ミッション終了」としてこれらの事業から撤退しています。
「変化の早い被災地では、役目を終えるものもある。ダイナミックに新しい事業を起こしたりなくしたりしていく方が無敵になれる」と和田さんは語ります。
地元の主婦5人と開店した食堂
「おだかのひるごはん」は、復興に携わる人、
一時帰宅の地元の人で賑わいました
さらに、魅力的な仕事づくりのため、2015年にガラス工房を開業。主に子育て中の女性たちが技術を学びました。職人として育った女性たちのハンドメイドガラスブランド「iriser(イリゼ)」がスタートしたのは2018年。現在ガラス工房では8人の女性が働き、その中には移住して地元住民と結婚した方もいるそうです。
「iriser(イリゼ)」のガラス工房とショップ。
「iriser」はフランス語で「虹色に輝く」という意味です
南相馬の風と波をイメージしたピンブローチ「オフショア」と、
小高の花である梅の花をモチーフにした「おだかうめ」イヤリング。
地元の自然や文化をモチーフにした繊細なアクセサリーはWEBショップでも販売しています
公式サイトはこちら:https://iriser.owb.jp/
移住者もチャレンジできる町になる
次々と事業を興しながらも「100の事業創出を加速させるため、プレーヤーを増やしたい」と、和田さんは起業家支援に乗り出します。2016年7月、避難指示がようやく解除。翌年、南相馬市の協力を得て 「ネクスト コモンズ ラボ 南相馬」をスタートしました。これは、地域おこし協力隊の制度を活用したプロジェクトを全国で推進している(一社)ネクスト コモンズ ラボと協働し、起業型の地域おこし活動を支援するもの。ラボメンバー(起業家)と運営コーディネーターは市外からの移住者がメインです。
優れたアイデアと、それを南相馬市でカタチにしていく気概を持った人たちに、和田さんとコーディネーターたちが伴走。担い手不足、空き家の増加といった地域課題の解決と、新しいビジネスが両立する取り組みです。
これまでに、相馬野馬追の地元ならではの馬を用いた観光プログラムを提供する(一社)Horse Value 、自由な発想の日本酒づくりに挑戦するhaccoba Craft Sake Brewery 、また地域密着型のIT業、アロマサロンなど7事業のインキュベーションを実施し、自立に導いています。
「ネクスト コモンズ ラボ 南相馬」のサポートで起業したhaccoba Craft Sake Breweryの酒蔵と佐藤太亮代表。
日本酒の概念にとらわれない酒づくりで注目されています
「起業は特別なことではない」と子どもたちに教えたい
2019年、「小高パイオニアヴィレッジ」がオープン。音楽好きの会員たちがDJとなり盛り上げたイベントは、若者で溢れかえりました。かつて「若者は戻ってこない」と言われた小高が若い人で盛り上がる様子は、和田さん自身創業の頃には想像もしなかったもの。とても感慨深かったそうです。
震災前の小高区の人口は約12,800人でしたが、現在は約3,800人。住民が激減した一方で、小高ワーカーズベースの雇用や起業家の招へいによって、家族も含め約70人の移住があリました。
「僕らは移住を目的に事業をしているわけではありません。でも、住民ゼロになったからこそ自分たちが欲しい暮らし、新しい社会のベースになる町づくりができるという呼びかけに共感してくれる人がいることはうれしいですね」と和田さん。
「復興の予算で実施する大きなプロジェクトを起爆剤にして、課題を解決しようという動きがあります。一方で、小高ワーカーズベースの取り組みは、住民一人ひとりがやっていることが町のコンテンツになる、ボトムアップの町づくりです」
被災地だから、かつての避難指示区域だからということではなく、「誰かの手に自分たちの暮らしを委ねず、自らの手でつくること」に魅力を感じ、小高で事業を興そうとする人、ものづくりをしようとする人が集まってきています。
「地域の課題を地元の人が解決する。起業は特別な人がすることではない。そういう姿を子どもたちが見て育てば、100の事業ができる頃には、それが当たり前の町になるかもしれません」
いったん何もなくなったからこそ、どこにもない町をつくることができる。
そのことを楽しみたいという人たちが小高に集まり、"新しい町"をつくる挑戦が続いています。

株式会社 小高ワーカーズベース
住所:〒979-2124
福島県南相馬市小高区本町1-87
小高パイオニアヴィレッジ内
電話 :0244-26-4665
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